シドニーで金融系企業に就職。オーストラリアで働くキャリアメリット

シドニーではどのように仕事を探しましたか?

私はこの仕事をする前は全く違う業種職種の観光ツアーガイドをしていました始めた,、観光業は日本のバブル景気で潤っていて毎日寝る暇もないほど仕事が入っていましたしかしバブルが崩壊してからだんだん陰りが見えてきて将来のことを考えると他業種に目を向けた方が良いのではないかと思い始めましたとりあえず最低コンピューターは使えないと転職もままならないと思いツアーガイドをしながら専門学校に通って基礎を習いましたその当時私はパソコンに全く触れたことがなくタイピングすらできませんでしたコンピューターについての基本的なこととワードエクセルを学びタイピングスキルを上げました

海外就職に関するサイトや本は結構沢山出ていたので、オーストラリア就職に関する本や海外就職の方法などに関する本を数冊読みました。インターネットのサイトも参考になって、海外就職の効率的な進め方という記事は何度も読み返しました。

 

そしてツアーガイドを退職して人材派遣会社に登録しました幸いタイピングスキルが必要な仕事があり条件に適ったいたので紹介してもらうことができましたそれはアメリカのカード会社で私の仕事は日本語のデーター入力が中心でした

オーストラリアの金融系企業での仕事内容

その会社ではアジアオセアニアに関した仕事をシドニーでまとめてしていました社内の部署は国別に分かれていて私がいたのは日本チームでした私の仕事は最初は日本の顧客の情報をシステムに入力するのがほとんどでした単純作業と思われがちですが実際は複雑で正確さが厳しく求められまた規則の変更やシステムの変更が頻繁にあって覚えることが多かったです始めてから数年後には情報の中でトラブルがあったケースについて調査をする仕事をするようになりました給料についてですが私はそれまでこういった仕事の経験が全く無く最初は見習い的なところから始めたのでフルタイムで働いても給料は日本円にしてわずか年収200万円ほどでしたいくら何でもこれでは暮らしていけないと思っていたところ半年ほどして少し上がって250万円ほどになりましたその後だんだんと給料は上がり4年後には400万円になりました当時のオーストラリアの平均年収は500万円でした

オーストラリアで働くことで得たグローバルな働き方

私がいた部署は日本チームだったので普段の仕事に英語を使う機会はあまり多くありませんでしたしかしアメリカの会社なのでやはり英語は必要ですチームリーダーは日本人でしたがその上のボスは外国人なので必要な時は英語で話しました会議はチーム内のことであっても記録は英語で書くことになっていましたそしてチーム外の人やボスが加わるときは英語で会議をしますまた社内メールは当然英語でした同じフロアにオーストラリアチームの人たちがいたので時々彼らと話をする機会がありましたオーストラリア人の働く姿勢について日本人と一番違うのは権利意識がはっきりしていることですもらった給料の分は一生懸命働くしかしそれ以上のことはしない言うのです残業代が出ないならたとえ仕事が途中でも置いて帰るというのがオーストラリア人の常識です会社全体のことで日本と違うところは差別をしないというのが徹底されていたことです女性差別人種差別そして性的マイノリティーの差別も固く禁じられていました例えば会社のパーティーがあるとその多くはパートナー同伴ありでしたそしてゲイやレズビアンの人々は同性のパートナーを伴って会社のパーティーに参加するのです最初は驚きましたがこれは良いことだと思いました